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生活保護基準引下げに関する名古屋地裁“不当判決”の克服をめざして

2020.7.22

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※概要版

いのちのとりで裁判全国アクション
生活保護基準引下げにNO!全国争訟ネット

1 はじめに

  • 2020年6月25日、名古屋地方裁判所は、2013年からの大幅(平均6.5%、最大10%)な生活保護基準引下げ処分の取消等を求める集団訴訟について、原告らの請求を棄却する判決を言い渡した。

2 自民党の政権公約、国民感情、財政事情の考慮を積極的に容認したことの問題点

  • 判決は、この引下げが2012年末の総選挙において生活保護の1割引下げを政権公約とした自民党の政策の影響を受けた可能性を認めた。
  • 判決は、自民党の政策は国民感情や国の財政事情を踏まえたものであり、厚生労働大臣はこれらの事情を考慮することができるとし、その判断にお墨付きを与えてしまった。

(1)政治的意図の考慮は生活保護基準の本質に反する

  • 日本の生存権保障の水準(ナショナル・ミニマム)を決める保護基準は、客観的資料に基づいて科学的に定められるべきであり、政治的意図で歪められてはならない。
  • 判決は与党の公約の影響を受けても良いとした点で、生活保護基準の本質に反する。

(2)「財政事情」や「国民感情」の考慮は、生活保護法の趣旨からはずれている

  • 生活保護法は、厚生労働大臣が保護基準を設定するにあたって考慮すべき事項を、要保護者の年齢、世帯構成、所在地域、健康状態等の生活上の要素に限定している。
  • 厚生労働大臣はこれらを考慮したうえで、健康で文化的な最低限度の生活上のニーズを満たすに十分な保護基準を設定することを義務付けられており、国民感情や財政事情等の生活とは関係ない要素は、考慮すべき事項とはされていない。
  • 判決は、厚生労働大臣が生活扶助基準を決めるにあたり、生活保護法に書かれた考慮事項は義務とまではいえず、またそれ以外の事項を考慮することが許されないとまではいえないとして、法律の規定を正面から否定した。

(3)「財政事情」や「国民感情」の考慮は、過去の最高裁判決にも反する

  • 朝日訴訟最高裁判決(昭和42年5月24日)は国民感情の考慮を認めたが、これは上告人死亡によって訴訟が終了した中、先例として拘束性のない部分で示された判断である。
  • 堀木訴訟最高裁判決(昭和57年7月7日)は財政事情の考慮を認めたが、これは立法(児童扶養手当法)裁量の判断であり、厚生労働大臣の裁量権について判断したものではない。
  • 老齢加算廃止に関する東京訴訟最高裁判決(平成24年2月28日)と同福岡訴訟最高裁判決(平成24年4月2日)に国民感情の考慮を認める部分はない。また、両判決とも、健康で文化的な最低限度の生活ラインについての判断では財政事情の考慮を認めていない。
  • 最低限度の生活ラインを決める際に財政事情の考慮を認める今回の判決は、過去の最高裁判決に明らかに反している。
 

3 時代錯誤の判断に立脚する問題点

  • 判決は原告が示した調査結果から、原告の中に1日3食たべている人が6~7割以上いることや、冷蔵庫・炊飯器などをもつ人が多いことなどを指摘して、健康で文化的な生活を下回っているとまではいえないとした。
  • 上記調査結果は、むしろ、1日3食とれていない人が3~4割いることや、3食とれていてもその質が劣悪であることを示している。
  • 人との交流や趣味等の文化的活動を含め、社会で当たり前とされている生活ができない状態を貧困というにもかかわらず、判決は、肉体的生存さえ維持できていれば貧困とはいえないという時代錯誤の判断であり、生存権の本質を全く理解していない。

4 人権の国際標準を無視した問題点

  • 国連の社会権規約は、締約国が全ての人に社会保障の権利を認めることを定めており、社会保障を後退させることは社会権規約の趣旨に反する。
  • 判決はこうした社会権規約の規定は政治的責任を述べたに過ぎないとし、締約国が社会権規約を守る義務があることを否定した。
  • 判決は、裁判所が人権の国際標準を無視していることを国内外に示した。

5 老齢加算廃止に関する最高裁判決から大きく後退し、専門家の意見の軽視を容認した問題点

(1)生活保護基準の改定は専門家の意見を踏まえて行うものとされてきた

  • 生活保護基準の改定は、常に専門家からなる審議会の検討結果を踏まえて行われてきたのが歴史的事実である。

(2)老齢加算廃止に関する最高裁判決の規範

  • 老齢加算訴訟の二つの最高裁判決は、保護基準の具体化にあたって、高度の専門技術的な考察をする上で統計等の客観的な数値等との合理的関連性や専門的知見との整合性を踏まえ、審査判断すべきという判断基準を示した。

(3)今回の引下げは老齢加算訴訟最高裁判決に明らかに反する

  • 国が生活保護基準を決めるにあたっては消費水準と生活保護基準を比較する方式をとっていて、物価を考慮したことはこれまで一度もない。
  • 今回の総額670億円の引下げのうち、9割近くを占める580億円は、史上初めて物価を考慮したデフレ調整なのに、専門家からなる生活保護基準部会での検討はされなかった。
  • 厚労省は物価を考慮するにあたって特殊な計算方式を作り出し4.78%も物価が下がったという。しかしこれは一般世帯の消費データをもとに、物価下落率が大きくなるように作られた計算方式であり、生活保護利用世帯の実態を反映していない。
  • 残り90億円の削減は、低所得層の消費実態を踏まえて保護基準を見直すゆがみ調整だが、厚労省が基準部会に無断で検証結果の数値を2分の1にしたため、全体として削減となった。

(4)判決は老齢加算訴訟最高裁判決を採用せず、ほぼ無限定の裁量を認めた

  • 判決は「生活扶助基準の改定に当たっては専門家により構成された審議会等による検討結果を踏まえて行うことが通例であった」と認めながら、「専門家の検討を経ていないことをもって直ちに生活扶助基準の改定における厚生労働大臣の裁量権が制約されるということはできない」として、極めて広い裁量を厚生労働大臣に認めた。

6 最後に

  • 判決は厚生労働大臣にほぼ無限定な裁量を認め、専門家の検討を経ない、時の政権党の政治的意図に基づく生活保護基準引下げを容認した。
  • このような判断が是認され定着すれば、司法は時の政権と行政の追認機関となり、その存在意義を失う。また、わが国の生存権保障は「絵に描いた餅」となる。
  • 私たちは、名古屋地裁の最低最悪な不当判決の克服をめざして全力を尽くすことを誓うとともに、裁判所が本来の職責を果たすことを強く求める。
  • 全ての国民・市民、メディア関係者に対し、この判決の問題点を知り、ともに声をあげることを呼び掛ける。

以上

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