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食事さえ犠牲にしての生活|当事者の声

原告(三重訴訟第1回口頭弁論意見陳述文)

突然の出費で大変なことに

私は、昭和29年9月24日生まれの60歳です。津市内で一人暮らしをしております。体を悪くして平成19年10月から生活保護費だけで生活しております。

一昨年の8月、その保護費が切り下げられ、さらに昨年4月にも切り下げられました。それまででも いろいろ切り詰めくらしていましたが、私の生活はたいへん苦しいものになりました。

私だけではなく生活保護で暮らしている方は、何らかの工夫とたいへんな節約をしてギリギリの生活です。食事は1日2回、風呂は一週間に1回 これは我々生活保護の人達には、当たり前です。もっと少なくしている方もいます。

突然の出費が発生した時は大変なことになります。

私も昨年7月頃に、長年履き続けていた外出用のズボンがとうとう尻の処が擦り切れてしまいました。

切り詰められるのは食費ぐらいだけですから、さらに回数を減らす、量を減らす、質を落とす、でき得る限り安いものにするということですが、それは寂しく辛いものです。

毎月3日に保護費をいただくのですが、月末が近づく頃から何とも貧しい哀れな食事になります。少なく盛ったごはんとワカメだけの味噌汁、支給日迄の食事の回数を考えて梅干しを数えての食事です。

そんな生活を続けてなんとか3,000円のズボンを手に入れることができました。

節約に精一杯の努力

今の私の生きてゆくわずかな楽しみといえば、食事ぐらいなのですが、それを犠牲にしての生活はしんどいものでした。

私はまだひとり者ですから、こんなふうにして何とかやって居れますが、家族のある方、子供さんがみえる家庭ではいっぱいいろんな突然が起きたりして、たいへんなご苦労をされているはずです。

生活必需品や光熱費など、どんどん上がっていく中、生活保護費が切り下げられることは、全く理解できません。許せません。おまけにまだ消費税を上げようとしています。

電気、ガス、水道はこれ以上節約の方法がありません。テレビはでき得る限り見ない、つけない。蛍光灯は手元が見えなくなるまでつけない。今の時期は水道の水の温度が低いので室温に戻してガスにかけるなどして精一杯の努力をしています。

こういうような生活は、誰が考えても憲法25条でいうところの「健康で文化的な生活」であるとはいえません。現状の生活保護は憲法25条を著しく違反しています。

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